特集


■「それでもボクはやってない」周防正行監督インタビュー
(2007年1月9日初回放送)


周防正行監督11年ぶりの新作「それでもボクはやってない」についてシネマ・アイのために監督自身が熱く語ってくれました!
番組ではご紹介しきれなかった秘話をホームページ上で特別公開!!




周防正行監督(以下S)、佐藤善木(以下Z)
   
佐藤 : 11年振りじゃないですか?11年ってのはどういう月日でしたか?

周防 : 非常に楽しくマイペース。「Shallweダンス?」の打ち上げで草野球大会をやったんですよ。
それがいけなかった。久々にやった草野球が悔しいのと面白いのとない交ぜになって、もう一度ちゃんと野球をやろうと思って身体を鍛えることから始めて・・・。だから「何やってたの?」って聞かれたら「草野球」って答えるのが一番正しい

佐藤 : スポーツ観戦記とかみてましたけど・・・

周防 : ありがとうございます

佐藤 : でも(11年の間に)何本か映画にしたいという企画は当然あったんだと思いますが・・・

周防 : ありますね

佐藤 : それは決め手がなかったから11年間ブランクがあったってことなんですか?

周防 : どうしても映画にしたい、とか映画になるぞ!とかそういうのがないと、
ただ面白そうだなあ、というだけでは動けない。映画は動き出すと「やめた」とは言いにくい。
小説書いてて「つまんねえな、コレ」ってことで途中で投げても、それはボクが担当者に「ごめんなさい」って謝れば済む話だけど、映画の企画が動き出すといろんな人が動き出すし、お金もかかるし、やっぱり慎重になる。
ちょっと面白いなーくらいじゃ、なかなかできなくて・・・だから自分の気持ちを確かめるように、対象の世界を一生懸命取材するんだけど、そうしながら自分の「確信」をためしてるんだよね。
最後まで取材しつくして「お!」ってのに出会えなかったですね。

佐藤 : 取材はしたけど、企画やら脚本にしなかったのがたくさんあると・・・

周防 : たくさんではないです。4本ぐらいかな。

佐藤 : 僕なんかから見て周防さんが撮ってないけれど
周防さん的な企画はたくさんあった気がすします。ひとつのスポーツやら現象をとりあげる、みたいな、周防さんが作られたような・・・

周防 : あ、ありますよね

佐藤 : それを横目に眺めてどういう心境でした?

周防 : 別に・・・それはそういう映画が作られているというだけで、ただそういうものは「シコふんじゃった。」と年齢は上になるけれど「Shallweダンス?」でやってるし、「Shallweダンス?」って中年の「シコふんじゃった。」みたいなものじゃあないですか?
そういう意味では素人頑張るスポーツ物、みたいな話はやってしまっているので、ひとが撮ってるの観ても、ま、別に・・・。逆に全く新しいことをやっているもののほうが気になりましたね。

佐藤 : じゃあ今まで周防さんが極めたジャンル以外のもので「これをやりたい」、っていうのがあったってことなんですか?

周防 : っていうか、ああゆうものを撮っちゃったあとにもう一回アマチュア相撲には驚かないよね。そういう意味ではああいった世界ではない何かに驚くものがないと、コレ面白いぞ!って新しい発見がないと映画にするってことにはならなかった

佐藤 : とうとう映画にする、となったときに痴漢冤罪が映画でイケるって思った理由を・・・

周防 : 映画にできるとか、イケるとは思わなかった。
これは撮らなきゃいけないって思った初めての映画ですね。
つまり映画にしなければならないという使命感を持ってしまった。
それが今までと違うんですけど、入り口はいっしょでした。

4年前に“新聞”で東京地裁の一審で有罪判決を受けた痴漢事件の被告人が二審の東京高裁で逆転無罪をとったという記事を目にしたんですよ、たまたま。
で、たまたま目にして読んでいて、ボク、わりに新聞読むほうなので・・・たくさんの事件の中のひとつですよ。読んで、何に興味を持ったかというと被告人の大学時代の同級生が、その裁判をずっと支援してたわけです。

要するに被告人はもちろん、その奥さんももちろん、で大学の同級生たちももちろん、それまで全く裁判に縁のなかった人たちが、一生懸命、裁判で頑張った。被告人はもちろん、自分が巻き込まれたわけだから一生懸命にならざるを得ないですよね・・・奥さんは自分のダンナのことだから一生懸命やる。大学の同級生たちも自分たちの同級生が窮地に陥っているから一生懸命やる。

でも、その一生懸命やるにしても全くの素人たちですよね。法律の世界で。
それこそ刑事裁判がなんなのかもまったくわからない。そういう世界の中で彼らは2年間、弁護士さんと一緒に闘ったわけですよ。この、よくわからない刑事裁判という日本のシステムの中で。で、その中で、一度は有罪判決を受けながら無罪をとった。彼らは、その刑事裁判でどんなことを経験し、どんな風に闘い、どんな風に思ったんだろう、と素直にそういうことに興味を持ったんですよ。

すこしだけ「シコふんじゃった。」「Shallweダンス?」に共通していたのは、素人ががんばる話なの。
それが今度はスポーツじゃないんですよ。
全く同じ構造なのは、自分たちが全く知らない世界の中に、自分たちが引きずり込まれるように入って一生懸命もがき、何かを発見しようとして一生懸命頑張るってこと。
で、彼らの話が聞きたいなと思って、まず当事者の話を聞き、その事件を担当した弁護士さんに話を聞き、と。それを聞いてたら、本当に感動的な話なの!
よくここまで・・・その当人はもちろん、その奥さんもそうだけど、本当に、その2年間裁判にすべてをささげて闘い抜くわけですよ。「やってないんだから無罪を勝ち取るんだ!」っていう。で、友達も一緒にがんばる、ホントにいい話なの。そのまま映画になってしまう。

だけど、その「いい話」って「こんないい話があるんですよ!」ってみんなに見せて、共感を得るものなのか?だってそんないい話生まれないほうがいい社会なんだもん!「無罪を証明する二年間」を被告人に強いる裁判システムを持つ社会なんて、いいはずがない。
「Shallweダンス?」や「シコふんじゃった。」はそういう喜びが生まれるのはイイことだって思ったの。

でも今度は、そういうよろこびが生まれちゃイケナイはずなんだよ、絶対。それが成熟した社会だと思うから。

そうするとなんでそこまで彼らを追い込んだ刑事裁判システムってものがあるんだ、これは刑事裁判のシステムについて徹底的に勉強しようと。でこういう一般市民を巻き込んでひどい目に遭わせるシステムが存在するなら、それは世間のひとに見せなきゃいけないんだ。ボクが感じて、怒りすら覚えた、そのシステムをどうしてもみんなに伝えなきゃいけない。その時点では刑事裁判の映画ができるとは思ってないんですよ。撮らなきゃいけない、と思ったの、確信なく。確信なくスタートしたの。

だからシナリオを書き上げるまで3年かかった。それまでは1年くらいで書けてたんですよ、僕。さすがに3年かかっちゃった。それはやっぱり最初に「撮らなきゃいけない」って思ったから。

で撮らなきゃいけないと思ってから、どう撮ればいいんだ、ってことを一生懸命さがした。
それが3年かかちゃった。

佐藤 : 痴漢冤罪ってコトは後から・・・

周防 : 入り口で「痴漢冤罪」はあったんですけど、痴漢冤罪そのものについての映画を撮ろう、ということではなかった。刑事裁判を見せるのに一体どういう事件がいいんだって考え直したときに痴漢事件がいちばんふさわしい、と思ったのは「身近」なことだから。

でやっぱり、僕は映画館で観るお客さんに自分のこととしてこの刑事裁判を見てほしかったんですよ。だからこれが「連続殺人事件の犯人に間違えられました」・・・それでも物語は成立するんだけど、その物語りが成立したときにお客さんにとってそれはどれほど身近なものなのか?そっちのほうが気になって。やっぱり痴漢事件は映画館に来たお客さんが、その映画を見た帰り道にも遭遇するかもしれない事件。なおかつ女性は、女性なら誰しもが被害者になりうるし、疑われる被告人となる人がダンナだったり、恋人だったり、息子だったり、父だったり、いろんな可能性がある。それで両方のサイドから女性はこの裁判の当事者になりうる。これだったらリアルに裁判を描けば、みんなが自分のこととして刑事裁判のシステムを考えてくれるだろう。

なおかつ、痴漢事件だからといって他の刑事裁判と違うってことないんですよ。
裁くシステムもおんなじ。ただ、証拠構造が少し違うだけで。でもその証拠をどう解釈するかなんてのは、どの事件でも一緒ですから。そういう意味では痴漢事件が僕が思ってること、つまり刑事裁判のことをみんなに身近に考えてもらうのに最適でしたね。

佐藤 : それを周防さんが取り上げるとき、どういうタッチの映画になるか・・・
今までからするとコメディになるんだろう、とか画づくりとか上品にするんだろうとか、そういう想像があったんだけれど、今までおっしゃったように、どんどん現実の中に引き込まれていくような映画になっていた。これは自然になっていったものなんですか?

周防 : 冤罪の記事の当事者の方に話を聞いたときに彼は「こんなばかばかしい世界笑い飛ばしてくださいよ。いつもの周防さんの感じでばかばかしく」そういわれて考えてみたんだけど、できなかった。

それはやっぱりそうすることで現実に対して何かを突きつけるっていうよりも、現実認識に誤解を与えそうな・・・。

みんなが刑事裁判のこっけいな部分を少しでも実感していれば、その笑いはきちんと批評というか批判になると思うんですよ、刑事裁判に対して。
ただね、刑事裁判に対するみんなの信頼というか、裁判官に対する信頼っていうのを考えると単なる悪ふざけっていうふうになっちゃう可能性がある。それがこわかった。誤解されるのが怖かったんですよ、笑いにもってくことで。

これを笑い飛ばして、なおかつ刑事裁判の恐ろしさをみんなに伝えられるようなものにできたらそれはスゴイと思うんだけど、その能力はなかったですね。
僕が見たままの刑事裁判をみんなに伝えるんだったら、もう「リアル」。

そのほうがボクにとってはできそうな気がしました。笑いで・・・なんて、ボクにとって高すぎるハードルでした。

佐藤 : ボクなんか昔から教養を持ち合わせている人として周防さんを尊敬してるんだけど、今回はそうじゃないところで勝負してるんですね。

周防 : それをどう表現したらいいか?ってずっと自分でも思ってて・・・
テレもあって言ってたのは、まるで高校生が大人の社会に対して怒りをぶつけるような、すっごい青臭い正義感、愚直なまでの正義感で作ってしまった。

だからやったことは僕が見た現実のリアルなディテールをただただ積み重ねただけなんですよ。

そこに劇映画として面白くしたいとか、イイ映画にしたいなんていう計算はなくて、まったく僕が見たままをそのままみんなにとどけたいから、そのディテールを順番に積み上げていった。だからこういう、みんなを2時間23分ひっぱり続ける映画になるっていう計算もなく、そうなったらいいな、と思ったけど、そうするためにこうしてるんだっていう自覚なくただただ愚直にですね、リアルにやった・・・っていう。

佐藤 : そういう意味で、ものすごいピュアなメッセージが根底にあると思って。
裁判って神の目からみて正しいものが裁かれる、その反映であってほしい、けど現実は、そうじゃないと。ドラマも現実も「いや、そういうもんだよ」ってことで進行してるものだけど、周防さんはものすごい正論というか正義論をぶつけてるんですね

周防 : そう。スゴイ正論ですよ。だから愚直だっていってるのはそこで、ホント、真っ向勝負ですよ。
ほんとに真っ向勝負。

佐藤 : でね、そうでありながら、そういう伝えたいものがあって、きっちり調べていったものを、見せていく過程をみているとやっぱり息を呑む。これ結局エンタテインメントなんですよ。

周防 : なるほどね。でも、それは計算じゃないんですよ。ボクも作ってわかったの。
そういうものなんだなって。もう、ほんとに地道な努力。それがやっぱり人に届くんだっていう。

だから僕が最初に思ったメッセージ、全然ブレてないんですよ。
一生懸命そのことだけを追求してんですよ。もうアホみたいに。そういうことって、大事なんだって。

佐藤 : そう思います。何で面白くなったかっていうと、何年か調べて、何年かかけてシナリオ書いてるって、そこですよね。

周防 : そうなんだろうね。だって僕もわかんないんだもん。
だからテクニックとして何かをやってないんですよ。

佐藤 : それはすごい意外だったんですよ。
周防さんの11年ぶりの作品がこういう形で面白いってのはボクは全く想像していませんでした

周防 : 僕もね、こういう映画になるとは思ってもみなかったから

佐藤 : 話は戻りますが、11年間映画とは関係ないフレームの中に生きてたわけだけどそれは関係ありますか?

周防 : そうね。それはこの11年間に限ってなわけじゃないんだけど、僕、基本的に映画のネタ探しってしないんですよ。映画にできる素材ないかなーって思って新聞は読まない。普通ののんきなオヤジとして読んでる。もし真剣に読むことがあったとしたら、それはもうちょっと早いボールを投げるためにはどうしたらいいか、とか、そういうところは真剣に読むけれど、面白い映画を作るためのネタはないか、と思って本を読んだり新聞を読んだりしないんですよ、僕。ひとの映画を観るときもそう。映画として楽しみたくて観るんですよ。で、それが何か僕の中で、何かの興味を、もっと強い、たとえばのんきなオヤジが「あー、そーなんだー」って思うだけじゃないものに引っかかったときに初めて取材って形で行動が始まるんですね。で、ようするに僕は何でネタ探ししないかって言うと、面白い映画になるかもしれない??っていう邪念が、絶対社会の見方を狂わすって思ってるんですよ。

それはお客さんにわかっちゃう、って。映画ってある程度の計算がないと撮れないとは思うけどやっぱり、映画を観てる間に計算が見えるってのは高級じゃあないじゃないですか。なんかしらけちゃうじゃないですか?たぶん僕はそれを恐れてるんだと思うんですよ。
今回はね、よく言うんだけど面白い映画を作ろうと一瞬たりとも思わなかった。
少なくとも「シコふんじゃった。」とか「Shallweダンス?」は面白い映画を作りたいと思ってつくってたんですよ。それのために一生懸命計算もしたし嘘もついた。今回はそれができなかった。それは面白い映画を作るより、ぼくが見た裁判をそのまま見せたい。それしかなかった、ほんとに。
こんな愚直な作り方はなかった。

佐藤 : それはきっと周防さんの中に、すでに面白いものを作っていくための何かは染み込んでいたんでしょうね?

周防 : うーん、どうなんだろうね。

佐藤 : まあ、映画を作ってきたり、もちろん伊丹さんのこともあると思いますが、いろんなことでしみついちゃってるから、そこで「無」にして自分の興味あるものをあたっていくときに、いいものができたのかな、って気がしますけどね。

周防 : 今回もたまたま映画監督だったからボクは映画でやったわけで、映画監督じゃなければほかの方法で世の中にしらしめたと思う。
そういう意味では今回は映画として評価されたいとも思ってなくて、とにかくコレが顰蹙でも何でもいいから買って、社会的な話題になってほしい。
とにかく刑事裁判について世の中が騒がしくなってほしい。もう、そのための起爆剤になればいい。

佐藤 : そこに関しては捨て身になってますよ。フォームを気にして今まで撮っていた周防さんだけれど今回はそういうことよりメッセージの統一感を感じます。

周防 : そうですね。メッセージしかないからこの映画は。

佐藤 : そこがね、おどろきました。

周防 : テーマ主義を・・・今までもテーマがないと撮れなかったんですけど今回もホントそうだね。そういう意味ではよく小説家にとってのテーマは小説でしかないとか、映画監督のテーマは実は映画でしかないっていうふうに僕も思ってたんだけど、いや、今回のテーマは「映画」ではなかったですもん!いい映画つくろうって思わなかったですから。
要するに現実の刑事裁判のことが伝わればいい、っていうレベルですね。

佐藤 : ほんとにその迫力が出てて素晴らしかったですけど・・・
ところで俳優さんのこと伺いたいんですけど、加瀬さんが素晴らしい演技でした。見方によっては有罪っぽいある種の微妙さが出ていました。
キャスティングと結果についてどう思いますか?

周防 : 初めて直感で選んだ人なんですよ。20代半ばの役だったから僕の知らない20代の多くの俳優さんに会って・・・誰かに決めなきゃいけないなーと思いながら会ってたんですけども。
元々この若者の具体的イメージは僕にはなかった。ただ若いっていうだけ。ただフリーターであればよかったの。要するに持つべきものはない、守るべきものはない。だから唯一自分の真実だけで闘える。コレがサラリーマンだったら奥さんがいて、子供がいて、ある社会的な地位もあるだろう。好きな仕事もあるだろう。そういうことを捨てて闘えるかって話になっちゃうでしょ?ようするに裁判以外に家族の話やら仕事の話を持ち込まなければならなくなる。それがこの「裁判」を主役とする映画には邪魔だった。だから「持ってない」っていうシチュエーションにするために、「若者」なんですよ。若者なら誰でも良かったの。・・・っていうことをオーディションしながら気づかされるわけ。今までは具体的なイメージがあって「合う、合わない」「合わないとしてもこーゆーものありだな」、って思えるのは、具体的にこういうひとがいいって思ってるからね、アンチもわかるじゃないですか?でも今度はないんですよ、軸が。

で、ぜんぜん決められなくて、ついに「監督20代で会う人会っちゃいましたから」「じゃ30代にひろげよう」って。それで来たのが加瀬君だった。加瀬君見た瞬間「わ、主人公が来た」、「あ、徹平だ」って思っちゃった。これ直感です。だから理由聞かれてもわかんない。直感で思ったの。で、考えてみたら僕、そういう直感で決めたことない。具体的イメージがあって、見た瞬間「このひとだ」って決めたことはあった。だけど、具体的イメージがないのになぜか「あ、主人公だ」って思っちゃったんですよ。で、逆に決めちゃってから、僕が感じる加瀬さんの外見的イメージや話した雰囲気で、あ、もう一回シナリオのせりふを書きかえよう・・・と思って頭から読み直して、加瀬君に合ったセリフに、僕なりにこういうことなんだろう、というセリフに変えた。だから本人にも言ったのは「もしこの映画がつまんなかったら君のせいだから」って。それくらい加瀬君に乗っかってしまったんですね。だから大正解だった。なかなか人間の直感って捨てたもんじゃないな、って。どっちかっていうと直感信じてないほうなんですよ。

必ず理屈が欲しくなるほうで、シナリオ書いてても理屈がほしい。それが今回主役の決めかたなんて結構ボクは乱暴だったな、って思うんですけど・・・賭けでしたね。でも「当たり!!」って感じでした。

佐藤 : もちろんシナリオの中で現実にないことを描かなきゃいけないわけで、そのなかで有罪の要素、無罪の要素を混ぜながらシナリオ作っていくのは大変じゃありませんでした?

周防 : いや。現実にいっぱいあるから。似たような話が。これからもでてくるだろうし・・・
ついこの間もあったんですけど、それは少年事件で、それは明らかに調書がでっちあげのものだってことで、裁判官が指摘して無罪になってるんですけど「お前、ここでホントのこと言わなかったら学校も行けねえぞ」って取調官に言われて、彼は早く卒業して就職して母親を助けたいと思ってたから「それは困る」ってことで、家帰って「かあさん、オレ本当はやってないけど、家帰れないし就職できなくなっちゃうから『やった』って言ってきた」って。それで裁判が始まって、彼は先の理由で自白しただけだと犯行を否認する。そのことが認められたわけですよ。

だから本当に似たような話なんていっぱいあるの。自白の強要なんてしょっちゅう行われてるし。ボクはさっき言った3年間の取材の中で20件くらい無罪を争う事件っての見てきてるんですよね。その中で典型的だなと思える要素を抜いただけなんです。だから証拠構造にしても検察官の立証にしても弁護側の言い分にしても全部現実にあるもの。だから僕なにも作ってないんですよ、その取捨選択をしただけです。その取捨選択したときもなるべくわかりやすくしよう、と。たとえば人質司法ってのはなるべくわかりやすいエピソードにしようとか、検察官が何故起訴しようとするのか、というところを判りやすくしようとか、ボクが感じた刑事裁判の問題点が非常にわかりやすくあらわれている現象をピックアップしただけなんですよ。ホント整理しただけ。

佐藤 : 起訴されたうちの99.9パーセントは有罪と映画で言われてますが。
無罪を勝ち取ったケースにどんなものがありますか?

周防 : 無罪を勝ち取ったケースは無実の証明ができたときです。だからこないだもあったよね、あれ交通事故でしたっけ、つかまって半年くらい勾留されてて裁判が始まったけど、実は自分の友達が罪を擦り付けてたって。あれは真犯人がでてきたからですよね。だからまあ、裁判の途中だったから起訴する理由がなくなって裁判がなくなっちゃったけど、要するに真犯人がでたときは無罪。

それと本当に被告人側の無罪立証が成功すること。それしかないですよ。
だから検察官の有罪立証をいくら攻撃したってなかなか決め手になっていかない。
本当は検査官の有罪立証にほんの少しでも合理的な疑いを挟むことができれば、無罪って書かなきゃいけないのに、日本の裁判は検察官の有罪立証に合理的な疑いをはさむ程度ではダメで、被告人自らが無実の証明をできたときしか無罪はない。それこそ裁判官は有罪の確証じゃなくて無罪の確証をほしがってるんですよ。

佐藤 : 無罪の確証がなければ無罪と踏み出せないんですね。

周防 : 踏み出せないんですよ。裁判官は怖くて。

佐藤 : それがよくわかったんですね。要するに有罪だからではなく、無罪の確証がないってことで、結局白と黒だから・・・そういうことですよね。

周防 : ほんと、だから刑事裁判の基本的な原則を無視してるんですよ。
「疑わしきは被告人の利益に」のなはずなのに、疑わしいなーと思ったら有罪書いとくほうが裁判官は安心なんですよ。それがおっかないんですよ。99.9パーセントはもう前提になってる。だって起訴したら有罪になる証拠があるから検事は起訴してるんですよ。それ裁判官もしってるんですよ。検察官が有罪だと思ってるから起訴してるんだと。だから裁判官が中立なんてありえないんです。本来は無罪推定だから被告人側に足を置いてなきゃいけないんです、実は。でももう検察側に足をおいたところからスタートしてるから、これはキツイ。

佐藤 : 周防さんが徹平の立場だったら?

周防 : よく聞かれるんですけど、僕が今この映画を撮り終えたばかりでつかまったら、闘いますよ、そりゃ。闘って闘ってですね、どういうふうに取り調べられ、起訴され、どうやって裁判され・・・被告人としてどう感じるのかを体験させていただいて、もう一回映画作りますよ。

サラリーマンだったり、中小企業の社長とかいろいろ立場ありますけど、映画と全く関係ない世界にいたならば、わからない。そのときに結婚しているか、結婚相手、家族の状況、子供はいるのか、僕が守らなければいけないものがどれくらいあって、そのまもらなければいけない人たちに対して自分の決断がどうはたらくのか、自分の気持ちを裏切りたくないから無罪を主張して2年も裁判で闘うのか?そのことの引き換えに僕が失うものは何だろう、家族を困らせちゃいけないから自白するかもしれない。でも、やってもないことを自白したときに自分の妻や子どもは自分をどう思うだろう。家族のためにと思って自白したこの行為が、のちのち軽蔑される行為になる可能性もある。人間としてどうかってことを問われちゃいますよね。そうすると単純に家族に迷惑かけられないから自白します、とも言えない。ものすごく悩むと思います。だからわからない。その場になってみないと。

それくらい虚偽自白を、この今の日本のシステムの中ですることは仕方ない、って言える側面がいっぱいある。やっぱりそういう決断を迫る司法制度がマズイですよね。

佐藤 : 映画11年ぶりの現場は、ブランクも気にもならずに・・・?

周防 : 関係なかった。食い物がよくなったとか、「ヨーイ、スタート!」の掛け声が違うくらい。
まったく11年ぶりなんて思いもしなかった。とにかく刑事裁判の映画をちゃんと作りたいってそれしか考えてなかったから。

佐藤 : 現場の映像も見ましたけど自然にやられて・・・

周防 : はい。ふつうで。

佐藤 : 11年間ってのは感じませんでした?

周防 : だからさっきいったようにホントに弁当がよくなったとか、こんなにみんなケータリングで あったかいご飯と味噌汁が食べられるんだ・・・とか、その程度ですね。

佐藤 : 監督はヒットメーカーなわけだけれどその辺は関係ありますか?

周防 : 何の関係もない。だってどんな映画がヒットするかなんてわからないし、
それはたまたま作ったものがヒットしたけど・・・「シコふんじゃった。」なんてヒットしたイメージあるけど実はヒットしていないし・・・要するに公開されたロードショーの成績としては「シコふんじゃった。」の数字はたいしたことないんですよ!あとで全国の映画館回ったからヒットしたような気がするだけで、数字としては低いし。
ようするに「Shallweダンス?」しかヒットしてないんだもん!だから「ヒットメーカー」なんて言われても、別に・・・。

逆の意味で言えば、今まででの中でこの映画が一番ヒットしてほしいと思ってるかもしれない。
日本中、もれなく見て欲しい。あなたはこういう国に住んでる、ってことを。きっちりとわかって欲しい。




シネマアイトップにもどる