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■「かつて、ノルマンディーで」ニコラ・フィリベール監督インタビュー

「ぼくの好きな先生」の記録的なヒットの後、4年間の沈黙を破ってニコラ・フィリベール監督が発表した最新作「かつて、ノルマンディーで」。今作で30年の時をさかのぼり、自らの映画の原点をたどったフィリベール監督に、TVドキュメンタリー・ディレクターの後藤訓久がインタビューしました。番組では彼の人生とともにその人となりがあきらかに。お楽しみに。

かつて、ノルマンディーで
「かつて、ノルマンディーで」
(C) Les Films d'Ici-Maia Films-ARTE France Cinema-France 2006

ニコラ・フィリベール監督へのインタビューも収録。
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ニコラ・フィリベール監督(以下N)、後藤ディレクター(以下G)
   
G : 映画大変面白かったです。個人的な事ですが、父親が3月に他界しまして…今回の映画の中でも「父と息子」がテーマに描かれていましたが、それぞれの父親像が僕の父親の断片と重なって、個人的にも興味深く、そして映画を見終わった後に少しだけ自分の人生を前向きに生きていけるようになった気がします。

N : おっしゃっていただいた事にとても胸うたれます。

G : そんな影響を持ったこの映画のことを知りたかったので、色々お聞かせください。作品の中でも少し触れていらっしゃいますが、今回この映画を作ろうと思った動機をお聞かせください。

N :

なんとか短く話すようにしましょう。映画そのものが、私がこの映画を撮ろうと思った理由を如実に示しています。30年前のルネ・アリオ監督の作品(※)で、人生で一度きりの貴重な体験をした一回限りの俳優たちにもう一度会いたい、という思いがもちろん根底にありました。

※ 19世紀に実際に起きた農家の青年による家族殺しを題材にした「私 ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した」のこと。フィリベール監督はこの作品に助監督として参加、キャスティングを任された

それから彼らと再会したい、という思いを超えて、今度は自分の映画的ルーツに立ち返りたい、という思いもありました。何故ルーツに立ち返りたいか?あの経験というのは、私にとっても大変強くとても豊かな経験だったからです。あのとき私は24歳の若造でしたけれども、監督から重責をまかされていました。そして、その重責をまっとうするために、本当に一生懸命やりました。全く映画に出たこともない人たちを、数週間かけて説得しなければならなかったことは、ものすごい挑戦でした。彼らにこの映画撮影というアドベンチャーに参加してくれるよう説得するには、自分たちの映画への愛や、この企画に対する信念を、彼らとシェアしていく必要があったわけです。ですから、このアドベンチャーの最初である役者探しというのは、私にとってとても強烈な経験だったのです。

N : ちょっと付け加えたいんですが…。

G : どうぞ。

N : アリオ監督のアドベンチャーというのがいかに重要であったか…もちろんそれはその通りですが、ただその撮影というアドベンチャーだけを喚起するために、この映画を作った訳ではありません。それはむしろ口実のようなものであって、それをきっかけに、現在について語りたかったのです。共同の、共有されたアドベンチャーを通して、あのような体験が記憶というものをかたちづくるのだ、映画作りが思い出というものを構成していくものなのだ、そして人々の人生に何か影響を及ぼすものなのだ…ということを語りたかったということ。そしてあの映画を通して、時間について、映画について、人生について、そして人生の大変さについて考える機会でもあった…そんな風に、いろんなテーマというものを内包した作品です。ですから、ノスタルジックな、後ろ向きの過去の映画ではなくて、ちゃんと現在形の映画なのです。アリオ監督の映画を観ている人も、もちろんいるでしょうけれども、ほとんどの人がこの映画を見ていないことを前提に想定しながら、それでもなおかつ、観客たちを引きつけるような映画作りをしなければならない、と思いながら作っていました。

G : 実際にノルマンディーを30年ぶりに訪れて、人々や風景の変化は予想通りでしたか?変化していたところと変化していなかったところは?

N : 今回の撮影は準備に時間をかけませんでしたね。会うと同時に撮影が始まったという感じです。だからといって、しっかり最初から頭の中に確信があったというわけではなくて…本当にあたたかい再会になるのだろうか、彼らは何か面白い事を語ってくれるのだろうか、第一に、彼らには30年間会っていなかったのですから、どのようになっているのだろう、どうやって過ごしてきたんだろう…全く知らない状態で始めたんですね。ですから、撮影は絶えずサプライズの連続でした。ひとの人生というものにはいろんなサプライズがあるからです。そもそもクロード・エベール(アリオ作品の主演俳優)がそうですよね。彼の歩んだ道というものは、本当に信じられないところがあります。役者になろうと思ってパリに行って、それを早々とあきらめて、最終的には神父になって世界の裏側に住んでいる。全く予想もつかない軌跡を彼はたどったと思います。

風景に関しては、あまり変わってはいませんでしたね。もちろん、道が少し広くなって…というのも、農耕機械が大きくなっていますから、それに合わせて道も大きくなりましたけれども、風景自体はそれほど変わっていませんでしたね。

私がノルマンディーで彼らに再会したとき、彼らは私が会いにきたという事実にとても感動してくれました。ですからこの出演を依頼した時も、とても率直に、とても暖かく、友達として受け入れてくれました。断った人はひとりもいませんでしたね。でも撮影が終わってから、何人かの人たちが「アリオ監督の映画に出演するよりも、あなたの映画に出演する方がもっと難しかった」と、感想をもらしていました。というのも、アリオ監督の映画はフィクションですから、違う自分を演じていますし、コスチュームを着ている事もあり、それを隠れ蓑にすることもできたけれど、今回はそういったフィルターが全くなかった訳ですから。撮られているのは彼ら自身なので、自分について語らなければならなかった。そういう体験が少し彼らを不安にさせていたようです。

G : 映画で印象的だったのが、30年前の事なのにノルマンディーの人々の記憶がはっきりしていたことでした。「あのときあなたが来たときはコーヒーを飲んでいたわ」とか…。なんでそんなにはっきりしているんだろう?僕は自分の10年前のこともはっきり覚えていないのに…ノルマンディーの人たちの記憶が、何故そこまではっきりしていたのだと監督は思いますか?

N : それが彼らにとって特殊な、思いがけない(意外な)アドベンチャーだったからではないでしょうか?映画の俳優でもない人たちに映画に出演してください、といった訳ですから、彼らの中に非常に特異な、強烈なアドベンチャーとして彼らの記憶に残ったわけですよね。人間はちょっとしたディテールを克明に覚えているけれど、本当に大切な事は忘れている、ということは往々にしてありますよね。それは記憶の装置のフィルターのようなもので、全く不可思議なものですよね。

G : 監督の作品は、いつでも被写体が魅力的に見えるところが素晴らしいのですが、それは監督と被写体の信頼関係が出来ているからだと思います。被写体との関係性を作り上げていく上で監督が心がけている事とはどんなことでしょうか?

N : 私が撮影を始めるとき、おっしゃっているような被写体との信頼関係=ムード作りというのは非常に重要ですね。そのためには無理強いをしないこと、隠れて撮影をしないこと、僕らはあなたをジャッジするためにここにいるのではない、ときちんと感じさせること。そして一旦得られた信頼関係は、一度きりでおしまいというものではなくて、ずっと継続して、磨き上げていかなくてはならないものなんですね。ですから撮影初日から最後の日まで、彼らが私たちに与えてくれる信頼にふさわしくいられるように、気をつけていかなければならない。あまりヘマをしてはいけない、そう思っています。

そして、出来るだけ彼らが自発的に、率直に自分たちの姿を見せてくれるようにつとめます。それにはもちろん、時には時間がかかりますけれども。やはり、彼らと話すこと。たいした事じゃなくて些細な事でいいのです。あるいはお茶を飲んでみたり、一杯飲んでみたり、あるいは一緒に散策したり…そういうことが必要ですよね。意欲的に「やってやる!」と意気込む必要は全くないんです。それから、彼らに話してもらう時には、自発的に自然な形で話せるように、あまりリハーサルなどはしないことです。雰囲気作りが最も大切ですね。

G : 今のお話から、カメラを回しているときよりも、カメラを置いている時間の方が大切だと感じたのですが、たとえば監督がカメラを回していないときに、望んでいた言葉やシーンが目の前に出てきてしまった場合、急いでカメラを取りにいって回したりしないんでしょうか?

N : 映画というものはそういうものですよ。必ず、「あー、撮り逃してしまった!」というものがあるものだ、と知った上で、映画を撮らなければいけないんですよ。カメラを回していないときにこそ、美しいことが起きるものなんです。それが起こったときに慌ててカメラを回し始めても無駄ですよね。どちらにしても、それはもう撮り逃してしまった訳です。フレーズの最初は始まってしまった訳ですから、それは「時すでに遅し」なんです。

ただ、「今の言葉をもう一度言ってくださいますか?」とは言えますよね。私の頼み方がうまく行けば、の話ですが。もう一度今のフレーズを言ってもらうことが可能な場合もありますよ。

G : 監督は他人の言葉や価値観を認めて、ひとの弱さを見つめている…そのスタイルがとても好きなのですが、その一方でマイケル・ムーア監督のように、プロパガンダとも言えるほど、一つの目的に向かって作っていくやり方もあると思うのですが…監督は、マイケル・ムーアについてはどう思っているんですか?

N : 彼のことはあまり好きではないですね。もちろん彼の言うことは間違っていないこともあります。アメリカの高額医療システムなど、確かにその通りなんですが…彼の煽動家のようなところは好きではありません。語り口や形式が、観客を操作しようというところ、まるで煽動家のようなデマゴジックなところ…全く好きではありません。なんといっていいのか、あれは映画ではない、シネマではないと思いますね。それよりも、何かを告発する、糾弾するという行動です。

映画の観客の立場で言うのなら、私は、ほっておいて考えさせてくれる映画が好きです。こう考えなければいけない、と押し付けてくる映画は好きではないのです。マイケル・ムーアの映画は観客を幼稚化してしまう…考えなくて済むように。観客が考えられないという前提のもとに操作して、幼稚化しているので、好きではないんです。

G : 僕もドキュメンタリーを撮っているんですが…僕の経験から、ひとつのテーマに向かって作っていくうちに、取材前と取材後では被写体も変わっていき、僕自身の考え方や思いも大きく変化します。今回の取材で、監督自身の考えや映画に対する思いは取材前と取材後でどのように変わっていきましたか?

N : 私が映画を撮影するときは、出来る限りその撮影方法がオープンであるということを心がけています。ぎちぎちのスケジュール表に基づいて…ということは一切しません。今回の場合も、出会いが実りのあるものか、美しいものか、興味深いものか…そういうことがわからないまま出発しているのです。撮影の間はすべてがオープンですから、実はその方がずっと、興味深い、いろんな出来事に出会えると思うんですね。意外なことが常に入って来られるように、撮影そのものがスタンバイ状態でなくてはならないわけです。最初からすべて決め込んでしまっては、退屈するだけじゃないですか。

映画評論家の言葉で好きなフレーズがあります。「映画を撮っているとき、美しいものはアポイントをとってやって来るものではない。待っていなかったところに乱入、闖入してくるものだ」と。まさに「何とか撮ってやる!」と思っても、それが現れてくれるものではないんですね。言ってみれば「意外性よ、万歳!」ということでしょうか。いつもそのまま率直に、熱いままに撮っていくということが撮影には必要なのです。

G : 監督にとって父親とはどのような存在で、生前どのようなご関係だったのですか?

N : 私が映画作りにたずさわりたいと思ったのは、父のおかげなんです。父は映画狂で映画が大好きでした。私たちの故郷では…父の本業は教授でしたけれども、「シネ・クラブ」を作って、ベルイマン、ロッセリーニをはじめとする、映画の巨匠の作品を上映していたんです。その上映会に私も10代のときに忍んでいったわけです。その時に、父親の映画の解説を聴きながら、「映画とは単なる娯楽ではない」ということを理解しました。映画というものは、世界を理解する…よりよく理解するための方法であり、ひととの出会いであり、旅であり、学ぶための方法、あるいは手段なのだということを学びました。ですから、そういったことは父に多くを負っています。

G : 最後に世界に出て行こうと思う僕にアドバイスを。

N : 作品を通して何かを語るとき、ある特殊な物語、特殊な人々の姿を取り上げたとしても、それが普遍性を帯びる、ということはあり得ます。しかし、やっきになって普遍性を求めても、普遍性のある物語が出来るというものではない、ということを知ってほしいです。時には自分自身の中から、本当に小さなことから、普遍性を帯びることがあるからです。

たとえば「ぼくの好きな先生」というフランスの片田舎の小さな一学級で撮られた作品が、日本、ノルウェー、メキシコ…本当に世界中の人々に愛され、大ヒットした。特殊なテーマを扱わなくても、その裏にあるもっと深いテーマに、人々は気づいてくれるものなのです。(あの作品が)これだけの成功をおさめるとは、作っているときは考えもしませんでした。もし、成功を狙って作ってしまっていたら、あれほどうまくはいかなかったでしょうね。あのとき私が心がけたのは、できるだけ自分の信念に従うこと、なるべく観客の事は考えないこと。観客を考えてしまったらおしまいです。できるだけ自分に誠実であること。それが一番重要なのです。

G : どうもありがとうございました。



(2007年12月6日 コートヤード・マリオット銀座東武ホテルにて)