

洋画★シネフィル・イマジカでは、ひとつひとつの映画への想いをたいせつにしています。 「たとえば、こんな名作。」ここでは、わたしたちスタッフから、コラムでご紹介していきます。
(2005/ロシア=イタリア=フランス=スイス/監督:アレクサンドル・ソクーロフ)

1946年1月1日、天皇・裕仁は「人間宣言」を発します。明治維新以来、天照大神の天孫としてその存在が神格化されていた天皇が、この宣言によって自ら「人間である」ことを宣言したときに普通の日本人が感じたであろう衝撃の大きさは、もはや想像もできません。ましてそれを発した天皇・裕仁の心の裡は誰にも推し量れません。
洋画★シネフィル・イマジカ8月のおすすめ作品「太陽」は、太平洋戦争終結(日本の敗戦)から「人間宣言」に至る天皇・裕仁の姿を、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督が大胆にも描いた2005年の作品です。主役の天皇・裕仁を演じるのはイッセー尾形、皇后に桃井かおり、天皇に付き従う侍従に佐野史郎。何というか、日本人にはちょっと考えつかないキャスティングです。
ソクーロフ監督はヒトラーを描いた「モレク神」、レーニンを描いた「牡牛座」に続く、20世紀の指導者を描く4部作の第3作としてこの映画を作りました。ここに描かれたのは日本国の天皇として敗戦とその後の日々を生きた裕仁の苦悩です。同時に、たとえばヒトラーが、敗北は明らかなのにもかかわらず降伏宣言しなかったために、避けられたかもしれない多くの犠牲者を出してしまった、そんな指導者であったことに比べて、自らの意思で降伏を受け入れた、最終的には平和を望んだ人物であったことを描くことによってその人間性(!)を肯定的に受けとめた作品であることは明らかでしょう。
監督自ら撮影監督をつとめた画面は限りなくモノクロに近い静謐さを湛え、計算され尽くした照明も見事です。かなり多くのシーンが皇居内の地下待避壕という設定で撮られていますが、監督はこのセットを作るにあたって岡本喜八監督の1967年作品「日本のいちばん長い日」の御前会議のシーンを徹底的に研究したそうです。太平洋戦争の終結を決定した、あの、地下室で行われた御前会議のシーンです。
そう、われわれ日本人にとって1945年8月15日(正確には14日から15日)のイメージは、この「日本のいちばん長い日」によって作られているのではないでしょうか。8月になると何度も何度もテレビで放映されてきましたから、多くの方々がこの作品を見ているはずです。この映画、何といっても三船俊郎、山村聡、笠智衆といった大物が勢揃いしたオールスター大作映画です。作風は重厚そのもの。この日のことはこういう風に描かれるものと、日本人の頭には刷りこまれているような作品です。
ですから、裕仁=イッセー尾形というキャスティングに思わずヨロッとしてしまうのではないでしょうか。しかし、大変な「怪演」です。日本人ならこれも頭に刷りこまれている昭和天皇の特徴ある仕草やしゃべり方。ちょっと口をすぼめて「あ、そう」というあの口癖。それを再現すると言ったらいいのか、イッセー尾形流にアレンジしてと言ったらいいのか、イッセー演じる天皇はとにかく見事です。にもかかわらず、われわれはこの俳優が何か演技しているのを見れば、思わず笑ってしまう。笑うことになっている。事実、扱っている題材に関係なく、思わず声を出して笑ってしまうシーンがいくつもあります。でも描かれているのは裕仁の苦悩であることに変わりはありません。もちろんこの作品は世界の観客に向けて作られたものですから、必ずしもイッセー尾形を知っている観客ばかりが見ているわけではない、どころか、知らない観客の方が大部分でしょう。台詞も日本語であり、英語です。でも、このイッセー・ヒロヒトを見て思わず笑ってしまった観客が世界中にたくさんいたに違いありません。
計算され尽くしたキャスティングであり、演出です。しかしいちばん笑ってしまうシーン(がどの部分かは、実際に見ていただければすぐ分かります)は、ワンカットの中で好きにやってくれとしか、監督は注文を出さなかったらしい。彼らが、それほどに強い信頼感で結ばれていたからこそでしょう。
桃井かおりも出番は最後だけなのですが、素晴らしい演技です。彼女のおおらかな笑顔がこの作品のラスト・シーンと言ってもいいくらいです。
佐野史郎に至ってはこの作品の台詞監修役のような立場もつとめたらしい。題材が題材なので、アテにしていた日本のスポンサーが付かず、予算不足で日本人脚本家が頼めなかった。ロシア人が直訳した脚本の日本語を佐野がチェックし、台詞に相応しい日本語に書きあらためたということです。ここでも監督と俳優の信頼関係が大きなものだったことが分かります。
ともかくも天皇自身をこのように描くこの作品。皇室を扱うこと自体がタブー視されがちな日本での公開が、当初は危ぶまれていたといいます。先ごろの映画「靖国」に見られるように、どうも日本人は、自分たちの核心にあると思っているものをガイジンが作品化することにとても大きな抵抗感がある、と思ってしまいがちのようです。ところがこの「太陽」、ひとたび封切られれればたちどころに上映館が増え、全国100館で上映される、2006年を代表するヒット作品となってしまいました。案ずるより産むが易しの典型でしょう。
今年もまた8月がやってきます。衛星・地上波を問わず、テレビではたくさん戦争関連の映画が放映されるでしょう。その中で洋画★シネフィル・イマジカは、戦争によってその運命が変わった、たったひとりのヒトを描いたこの異色作を、自信を持ってお送りいたします。
洋画★シネフィル・イマジカ 編成プロデューサー 市川陽
洋画★シネフィル・イマジカでは、映画解説、インターミッション等を含んだ時間を放送時間として表示しています。
放送番組スケジュール・内容は予告なく変更されることがあります。
本サイトに登録されている情報、映像等を権利者の許諾なく使用することを禁じます。
Copyright(C) 2000-2008 Cinefil.Inc. All Rights Reserved.