

洋画★シネフィル・イマジカでは、ひとつひとつの映画への想いをたいせつにしています。 「たとえば、こんな名作。」ここでは、わたしたちスタッフから、コラムでご紹介していきます。
(2006/イギリス=フランス=イタリア/監督:スティーヴン・フリアーズ)

老夫婦とその中年の息子、そして彼の母方の祖母という一家がテレビのニュースを見つめています。どこにでもある平凡な風景です。
しかしこの家族、どこにでもいる平凡な家族ではありません。実はこちら、一国のロイヤル・ファミリーです。老夫婦とはエリザベス女王と夫であるフィリップ殿下。中年の息子とはダイアナと離婚したチャールズ皇太子。彼の祖母とはクイーン・マザー、皇太后です。場所はスコットランドの広大なイギリス王室領地の一画に建つバルモラル城の一室。だとしたらこの光景、かなり異様です。異様ですが、ああ、やっぱりそうなんだろうなあと、奇妙に納得する光景でもあります。この人たちがテレビで何を見ているのかと言えば、長男チャールズの元皇太子妃だったダイアナがパリで死亡した顛末を伝えるニュース、および、そのことに対してのまさにこの家族、自分たちロイヤル・ファミリーの態度を批判している、そのような番組です。傍らには同じことを大見出しで掲載している新聞が積まれています。スティーヴン・フリアーズ監督『クイーン』には、このようなシーンが何度も出てきます。
1997年8月31日、パリ。元皇太子妃ダイアナと恋人を乗せた自動車が追いすがるパパラッチを逃れようとして事故を起こし、ダイアナと恋人は即死に近い状態で死亡しました。イギリスに限らず世界中にそのニュースが飛び交った事件。つまり誰でも知っている事実です。その誰でも知っている事実が起こった瞬間から、この映画は始まります。しかしその事実を客観的に描くのではなく、あくまでもエリザベス女王を中心とした王室の内部から描きます。そう、これはダイアナの死とその後の1週間を、イギリス王室のホームドラマという形で描いた作品です。
もう一方には就任後間もないトニー・ブレア首相がいます。長らく保守党政権が続いたイギリスで久しぶりに労働党が政権を握り、44歳で首相の座に就いたのはこの事故の4か月前でした。労働党にもかかわらず自由主義経済を標榜する「第三の道」を提起したブレア首相はその若さから発する清新なイメージを武器に、総選挙の勝利に続いて広く大衆にアピールする方策を探っていました。そこに勃発したのがダイアナの死という一大事件だったのです。
ダイアナは皇太子との離婚後もイギリス国民の間に根強い人気がありました。ダイアナは不幸な皇太子妃時代(なぜ、どのように不幸だったのかについても、みんな知っています)よりもむしろ生き生きとした表情で、エイズ患者や地雷被害者の救済活動に力を入れ、世界中を飛び回っていました。そのダイアナが、突然死んだ。死んでしまった。イギリスの人びとは大きな落胆を感じました。にもかかわらずエリザベス女王は何の公式声明も出さない。冷たいんじゃないの? 離婚したとは言え、王室の、皇太子の元妃殿下じゃありませんか。なぜ王室としての哀悼の声明を出さないの? 国葬にすべきです。
女王には女王の考えがありました。ダイアナはもう王室の一員ではない。実家のスペンサー家は、葬儀は簡素なものにしようという意向なのだからそれに任せておけばいい。まったく、ダイアナという人は死んでからまで私たちに迷惑をかける、とんでもない人だ。ということで、ロンドンから遠く離れたスコットランドのお城に一家で籠もったままです。
ブレア首相はいち早く「ダイアナは、『国民のプリンセス』でした」という(報道担当官が書いた)名スピーチで国民を沸かせた後、エリザベス女王と国民の溝を埋める仲介役を買って出ます。何度も女王とのホットラインを呼び出し、ダイアナの死を王室として悼む意思を示すよう、女王を説得します。このままでは王室の存続を国民が支持しないという最悪の事態まで憂慮されますよ、と。
もちろんそんな説得をされる女王は不愉快です。王室はそれに相応しい威厳を示さなければならない。真の英国国民もそれを望んでいるはずだと。しかしこの一家、それぞれの思惑は結構バラバラのようです。事の発端(?)であるはずのチャールズ皇太子などは王室の古い考え方に自分は反対であり、新しい時代に相応しく、私はもっと柔軟な人間であると、それとなくブレア首相に伝えたりしています。
この辺りの描き方のおもしろさが、この映画の見どころでしょう。
ロイヤル・ファミリーだけではなく、若き首相・ブレアも女王から見れば息子同様でしょう。現にこの作品では、首相と女王が向かい合うシーンでは、理想に燃える息子(同時にこれを絶好のチャンスとして政権の支持拡大のために利用しようという下心もあることは、女王も承知のうえで)と、数え切れない経験を積んで叡智を身につけた母親が対面しているといった演出がなされていて実にユーモラスです。ここにもホームドラマがあります。
そして、彼らには共通して向き合うものがあります。どうしても味方に付けなくてはいけないもの、敵にしてはいけないものです。それはメディア、マスコミです。王室も政府も、マスコミ情報の中の記号でしかないことを、この作品は残酷に暴きます。首相の説得を最終的に受け入れ、バッキンガム宮殿に戻って哀悼の声明を出す女王の姿を、国民はテレビの生放送というメディアで見ることになります。テレビを見る人であり、重要な役割を担ってそれに出る人でもあるエリザベス。彼女こそまさしく20世紀末に生きる女王なのだと言えるでしょう。
そのエリザベス女王になりきったヘレン・ミレンの演技にも脱帽です。マイケル・シーンのブレア首相、あのニカッと笑う笑いが「チェシャ猫笑い」とからかわれているのも、注意深く英語の台詞を聞いていると分かりますよ。
洋画★シネフィル・イマジカ 編成プロデューサー 市川陽
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