名作発見

洋画★シネフィル・イマジカでは、ひとつひとつの映画への想いをたいせつにしています。 「たとえば、こんな名作。」ここでは、わたしたちスタッフから、コラムでご紹介していきます。

「アビエイター」

(2004/アメリカ/監督:マーティン・スコセッシ)


(c)2004 IMF. All Rights Reserved

 

ちょっとトリビアルな話題から。

作品の中盤、航空会社TWAを支配するハワード・ヒューズ(レオナルド・ディカプリオ)が欧州路線を独占していたパン・アメリカン航空の社長ホアン・トリップ(アレック・ボールドウィン)と渡り合う場面。二人がそれぞれの旅客機の内装について様子を探る際に、レイ・ローウィという名前が会話に登場します。自社機の新しい内装をパンナム側に漏らしていたらしいその人物を「クビにしろ」とヒューズは怒っているわけですが、この「レイ・ローウィ」と呼ばれる人物。実は大変な人です。本名レイモンド・ローウィ。インダストリアル・デザイナーの草分けです。ラッキー・ストライクやナビスコのビスケットなどの商品パッケージからシェル石油を始めとする世界的有名企業の企業ロゴを多数作り、いわゆる流線型デザインを機関車から鉛筆削りにまで採用して世界的に人気を集め、戦後は日本にも招聘されて煙草のピースのデザインを残しました。トリビアルどころか、まさに自著の題名どおり、『口紅から機関車まで』デザインしたデザイン界の大物、全盛期アメリカの顔を作った男です。各国が競うように大型旅客機を飛ばして海外旅行がブームになろうとしていたこの時代(1940年頃)、ハワード・ヒューズはこんな世界的なデザイナーすら顎の先で使い捨てる存在だったことを、この作品は一瞬のうちにさりげなく描いています。

莫大な財産を継承し、テキサスの田舎からハリウッドに殴り込みをかけ、すべて自己資金で『地獄の天使』という飛行機映画の金字塔とも呼べる超大作を作って大ヒットさせる。キャサリン・ヘップバーンやエヴァ・ガードナーを始めとする有名女優たちと恋をし、自ら設計した飛行機を自ら操縦して世界一周飛行の記録を打ち立て、航空産業に打って出て世界航路を独占していたパンナムに喧嘩を売り、最終的には勝ってしまう。

本作『アビエイター』は、20世紀の夢を身体ごと実現してしまったこのハワード・ヒューズという男の前半生を描きます。10代の頃からその自伝に心酔していたというレオナルド・ディカプリオの夢を、巨匠マーティン・スコセッシ監督が形にした、まさに夢のようなこの大作は、2004年度アカデミー賞の5部門でオスカーに輝きました。

全盛期ハリウッドを再現したアールデコ調の豪華なセット、そこに集う銀幕のスターたちの衣装、これもまた時代を彩ったスウィング・ジャズのビッグ・バンド、そしてなによりもヒューズの夢を担った航空機のシーンの精巧かつスリリングな特殊撮影など、この作品の特徴を述べ始めれば枚挙にいとまがありません。その中では決して派手な話題ではなく、むしろ極めてサブリミナルな効果を上げているのが色彩です。実は、1920年代から30年代、そして40年代へとこの作品が辿る時代の場面場面が、その時代のハリウッド映画の色彩の調子を辿って再現しているのです。20年代、初期のカラー映画は、「2ストリップ・テクニカラー」と呼ばれる方法で作られていました。これは赤いフィルターをかけたものと緑のフィルターをかけた2本の白黒フィルムを一緒にすることでカラーのような色彩にしたもの。独特の色彩で、全体的に緑がかって現実離れした場面になりました。30年代になるとそれに青いフィルターをかけた白黒フィルムを加えた「3ストリップ・テクニカラー」という技術が発達し、映画の世界に変革をもたらします。そして後年になると現代の私たちの目にも馴染む今風のカラー画面が作れるようになる・・・。

この作品は扱うエピソードの時間軸に沿って、映画技術の発展をそのまま感じ取れるような色彩設計が施され、その時代の、その色が再現されているのです。もちろん当時の機材が使われたわけではなく、その時代時代のカラー映画の色合いの特徴を、最先端のデジタル技術を施して蘇らせました。観客が気づくかどうかも定かでないサブリミナルな効果を全カットに与えた情熱も、スコセッシ監督のハリウッド映画の歴史そのものへの愛情あってのことでしょう。

20世紀のアメリカはトーマス・エジソンやヘンリー・フォード、あるいはウォルト・ディズニーといった、狂気をも感じさせるほどスケールの大きい人物を幾人か生みだしました。ハワード・ヒューズもまたまちがいなくその系譜に連なるでしょう。それに比べればスティヴン・ジョブズやビル・ゲイツといった人びとはどうも狂気を感じさせるという意味ではややスケールが小さいとも感じます。

ハワード・ヒューズは20世紀の夢を身体ごと実現してしまった、と書きました。しかしそれは文字通り「身体ごと」でした。これだけの夢を叶えるには、彼は自らの身体を、その犠牲として捧げなければならなかったからです。この作品にも描かれますが、彼は極度の潔癖性で、精神も病んでいました。その病はこの作品で描かれた以降の彼の人生に、さらに重くのしかかってくることになるでしょう。作品の冒頭に、少年ヒューズを母親が入浴させるシーンがあります。伝染病の恐ろしさを語る母親は息子に、「You are not safe.(あなたは安全ではないのよ)」と説きます。この少年がやがて抱くであろう野望の果てしなさを察した母親の、それは心からの忠告だったのでしょうか。そしてその一言は、この豪華絢爛たる絵巻の意味深長な序章ともなるのです。

洋画★シネフィル・イマジカ 編成プロデューサー 市川陽

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・2007年12月6日「地獄の黙示録 特別完全版」
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